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西日本駆け足神社めぐり旅(7)~揖夜神社~

赤岩神社から車で1時間弱。島根県松江市にある揖夜神社に来ました。

2014年からはじめた神社めぐりの経験上、イザナミに関係する神社や土地が僕にとって特に居心地が良いと感じます。
暖かくてやわらかで、女性的な優しさがあるように思うのです。
恵那や花窟神社、平泉寺白山神社の御手洗池などなど……

そしてこの揖夜神社に来たかった理由も、祭神がイザナミだからというそれだけの理由です。
先入観を持ちたくなかったのでそれ以上の情報はあえて調べずに来ました。
そして実際に揖夜神社に来てみて受けた印象はと言うと、「侘しい」という言葉が一番しっくり来ました。

侘しい
[形][文]わび・し[シク]
1 ひどくもの静かでさびしい。「人里離れた―・い田舎」
2 心が慰められないさま。心細い。「ひとり―・く夕食をとる」「―・い下宿生活」
3 貧しくてあわれなさま。みすぼらしい。「―・い住居」
4 つらく悲しい。やるせない。「苦しく心もとなければ、…いと―・し」〈土佐〉
5 当惑するさま。やりきれない。「あな―・し。人の有りける所をと思ふに」〈今昔・二七・一五〉
6 興ざめである。おもしろくない。
コトバンク

この時の、朝以上にいっそう暗い灰色の雲に覆われた天候がそう感じさせた一因であろう事も否めません。もし晴れていたらもう少し違った感じ方をしたかもしれませんが、神社ではその時の天候も神意の現れだと言いますし、僕もそう思います。いずれにしても、イザナミを祀る神社でこのような感じ方をするとは自分でも意外でした。

しかし、参拝した後に神社の案内を読み、この神社の近くに「黄泉比良坂」という場所があることを知り、そこを訪れたとき、この「侘しさ」について合点が行きました。

黄泉比良坂
黄泉比良坂(よもつひらさか)とは日本神話において、生者の住む現世と死者の住む他界(黄泉)との境目にあるとされる坂、または境界場所。(中略)島根県松江市東出雲町は、黄泉比良坂があった場所として、1940年に「神蹟黄泉比良坂伊賦夜坂伝説地」の石碑を同町揖屋に建立した。同地には、千引の岩とされる巨石も置いてある。近くには、イザナミを祀る揖夜神社もある。
wikipedia – 黄泉比良坂

つまり、イザナミはイザナミでも、この揖夜神社は黄泉の国(死後の国)へと旅立ったあとのイザナミを祀る神社であり、夫であるイザナギの事を想いつつも二度と帰ることはできないイザナミの気持ちはどんなであったか。その揖夜神社から「侘しさ」を感じ取ったとしたら、それはむしろ自然な事だと言えると思います。

ちなみに、黄泉比良坂の「坂」は「境界」を意味するきわめて古い日本語の発音「サ音+カ音」から転じたものと推測できます。この世とあの世をつなぐ境目としてのサカですね。

黄泉比良坂。上に写っている案内には「伊賦夜坂」と書いてありますが違いは詳しく調べていないのでよくわかりません。
先に進むと賽の神(道祖神)がありました。小さな石組みです。ちょうどその賽の神あたりで、地元の人と思われる一人のおじいさんとすれ違いました。僕からは何も話しかけていませんが、おじいさんは当たり前のように立ち止まって僕に話しかけてこられ、このあたりの伝承についていろいろ教えてくれました。
別れ際、「これから出雲大社に行こうと思っています」と言うと、こんな事を言っていました。

「では稲佐の浜に行くといいですよ」
「出雲の国に、海から来た天孫族の大軍が浜に降り、槍を突き立てて、大国主命に『国を譲るか否か(イナかサか)』と迫ったその場所です」

結果から書くと稲佐の浜には行こうにも行けませんでした。理由は続きで。