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西日本駆け足神社めぐり旅(9)~出雲大社と八雲の滝~

神魂神社を出た頃から雨が降りはじめました。
例年のゴールデンウィークの出雲大社がどれだけ混むのか知りませんが、普通であれば駐車待ちで長時間待たされるほどであろうことは想像に難くありません。このときはすでに夕方に差し掛かろうかという時間であったことと、雨のためもあってか駐車待ちはわずか10分ほどでした。

境内からはお神楽の太鼓や笛の音が聞こえてきました。お神楽は見たいなと思って少々早足で向かいましたが、僕が着いたときにはちょうど終わったところで演者が観客に御礼の言葉を述べているところでした。

その後も雨脚がどんどん強くなってきて、参拝客は蜘蛛の子を散らすようにあっという間に少なくなっていきました。

出雲大社に来たのはいいものの、いざ参拝するにあたり僕の頭は混乱していました。
どのような心持ちで参拝したらいいかわからなくなっていたからです。

心持ち?

難しく考えずに普通に参拝すればいいじゃないか、と思われるかもしれません。
でもわからないのです。揖夜神社と神魂神社で受けた「侘しい、悲しい」という印象がここでも尾を引いていたのは確かです。ここは揖夜神社の先であり、黄泉比良坂の向こう側。つまり神にとっての死後の世界。
前回のエントリで書いた、数年前に何気なく手にとった本で知った富氏の伝承をこの出雲大社に来てふいに思い出したことの影響もありますし、また日月神示や出口王仁三郎が残した「しめ縄は古の神を封印するもの」という話が影響した部分もあったと思います。しめ縄封印説がもし事実なら、この日本一巨大なしめ縄が封印する神とはなにか。神は静まっているのか、怒っているのか、それとも…。

結局、参拝の心持ちがわからないまま、本殿にも神楽殿にも、どの摂社末社にも手を合わせることなく、境内を一周しただけで「参拝」を終えてしまいました。出雲大社にはまた来ると思いますが、次に来るときは僕の中で気持ちの整理がついてからになりますね。

度々言うように、僕にとって神社という「箱」はあまり重要ではないです。ところによっては社殿が邪魔だと感じる時すらあります。
僕が手を合わせる先は端的に言えば宇宙や自然であり、それを表現する的確な言葉が見つからないのでとりあえず「神」と言っているだけに過ぎません。
一応は神社参拝の作法にならい手水で清め二礼二拍手を行いますが、それとて僕にとってはさして重要なことではないです。

神にはそれぞれ名前があり、多くの人はそれぞれ別個の人格(神格?)を持っているかのようなイメージで認識しているかと思いますが、僕の認識はそうではありません。僕の神に対する認識に似たイメージは火山のマグマですね。火山や噴火はそれぞれに名前がついていますが大きな視点で見れば地下深くでマグマはすべてが繋がっています。

神も大元はひとつであり、表面上に現れる事象のそれぞれに別個の神の名前がついているようなものです。たとえばアマテラスはイザナギの左目から生まれたという神話がありますが、「生まれた」という表現は僕には違和感があり「イザナギという事象の一部分であり同時にそれがアマテラスという名の事象である」と言い換えるとだいぶしっくり来ます。切り離すことができないというか、そもそもがすべて同一です。同一ですが、別です。そのアマテラスも、荒魂と和魂とでそれぞれ別の神として祀られていたりしますが、元は一つであり事象のある一面を捉えて荒魂と言ったり和魂と言ったりしているだけです。

山に神を感じれば神社など無くともその山に神の気配に触れにいくし、触れた感覚があると喜びや心地よさを感じます。それが岩であったり滝であったりもします。そこに手水舎が用意されていなければ、不浄だから行っては行けないでしょうか?僕はそうは思いませんね。前日風呂で身体を洗い、当日の朝に手と顔を洗えばそれでお清めは十分だと思っています。そんな表面的なことよりも頭の中を「清め」ておくほうがはるかに重要です。自分が何に対して手を合わせるのか、それすらわからない迷いがある状態はとても清まっているとは言えません。

鶴山・亀山・八雲山

出雲大社境内全域図より

出雲大社の奥宮とされる八雲山。
この図を見ると、八雲山の左右には鶴山と亀山という小さな山があります。鶴と亀…。鶴は渡り鳥であり、鶴が象徴するのはイスラエルから朝鮮半島経由で渡ってきた物部族=素戔嗚と饒速日の一族。一方の亀が象徴するのは出雲族=縄文時代から続く土着の民族。そして中央の「八雲」は、その両者が手を結んで成立した新生出雲国を象徴していたのではないかという気がします。
そう考えると、このGWの旅が籠神社と眞名井神社からはじまった事も偶然ではないような気もしてきます。思い出してください。籠神社の祭神は饒速日命。眞名井神社の隠された神紋はユダヤの紋章でもある六芒星です。僕自身は出発時はもちろん、旅の最中でさえ籠神社と出雲が繋がるなんて頭の片隅にもなく、愛知県から出発するルートの関係でたまたまそうなっただけですが、今振り返るとこの道程にも意味があったように思えてきます。

また、視点を変えて、亀を縄文の水の神・瀬織津姫、鶴を渡来の火の神・天照(火明命)と置き換えた時、両神が融合した神が大国主命であるとする見方もできます。その大国主命が天孫族により葬られ、出雲を、つまり揖夜神社の黄泉比良坂より西側を、死を暗示する黄泉の世界へと造り変える事で、天孫族は大国主命を永遠に封じたのかもしれません。とすると、揖夜神社から先で感じていた侘しさの根源はイザナミではなく大国主命の無念なのでしょうか?
いや、神の世界にそのような矮小な観念は存在しないはず。
この神の嘆きは、むしろ天孫族が虐殺した相手が怨霊となる事を恐れ封印しようとするその恐れの心。あるいは出雲族を祖先に持つ富氏や関係する一族が、天孫族とその子孫である天皇家に対し抱いているある種の恨みの心。そういった恐れや恨みの人心をこそ神は嘆いている、と考えたほうが良いのでしょう。国常立尊が日月神示で言われた「悪を悪と見るその心が悪」です。

では話を戻しまして。

出雲大社を出て、次に八雲山に向かいました。
八雲山は禁足地であり一般人は基本的に入山禁止です。ただし少し入ったところにある八雲の滝までは行っても良いとされているそうで、僕も滝まで行ってみることにしました。神楽殿の横を通り、人気のない道を進みます。

ここが八雲の滝への入り口。見たとおり、普通の民家の裏道です。左手にある石の案内がなければ見過ごしてしまいますね。ここから先は人の気配はまったくありませんでした。山に入ると、時間が遅いことと雨のためもあって一層暗く、若干の恐怖すら感じました。ただ悪い感じはしません。ひるまずに進みます。

滝は雨音と一体となって静かに流れていました。手前に狛犬がありますが、向かって右の狛犬は手前ではなく向こう側、滝の方を向いていますね。なにか意味があるのでしょうか。何の気なしに傘をおろして少しの間、雨と滝の飛沫を同時に浴びてみました。思わず涙が出そうになりました。不思議な感情でした。この感情を的確に表現する言葉が見つかりません。

山を降りて駐車場に戻ると、雨は堰を切ったような土砂降りになりました。益田市のホテルが予約してあったのでカーナビにルート設定し出発。ナビには海沿いの431号線を南下するルートが表示されました。431号につながる丁字路に差し掛かった時、土砂降りの雨の中、正面のガードレール越しに巨大な影が見えてドキッとしました。

ああ、あれが黄泉比良坂で会ったおじいさんが言っていた稲佐の浜の弁天島なんだ。

雨の向こうに真っ黒なシルエットとして浮かび上がる弁天島が、気のせいか泣いているように見えました。車を停めて行こうかと思いましたが、あまりにも雨の勢いが激しくて、浜に降りる気分にはなりませんでした。

祀られているのは弁天様(弁財天)。日本全国に、もともと瀬織津姫が祀られていた場所を弁財天など仏教系の神に変えるよう強制された歴史があります。この命令に逆らうと殺される可能性もあったため人々はそれに従いましたが、信仰心は押し付けられて変えられるものではなく、表面上は弁財天を祀りつつもその心のうちでは密かに瀬織津姫を祀っていました。そしていつしか弁財天と瀬織津姫は同一視されるようになっていきました。弁財天の他には、滝のあるところに多い不動明王などもおなじようにして瀬織津姫と同一視されています。つまり弁財天や不動明王が祀られている場所には、かつては瀬織津姫が祀られていた可能性が高いです。

僕は弁天島の影の中に瀬織津姫を見ていました。