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月と共に巡る伊勢志摩(4)〜六芒星についての考察

伊勢三宮奉賛献灯会はなぜ六芒星を灯籠に刻んだのか。籠神社の旧絵馬の六芒星や、真名井神社の石碑の六芒星と関連性はあるのか。六芒星というとまずユダヤ・イスラエルの六芒星が頭に思い浮かびますが、この伊勢の六芒星に関してはユダヤと直接の関係は無いような気がします。間接的には関係あるかもしれませんし、それも無いかもしれません。

ユダヤではないと仮定するとして、この六芒星はなにを意味しているのか。

全72巻からなる先代旧事本紀大成経。そのうちの一冊に「神代皇代大成経序」という書があります。その11ページ目から12ページ目あたりに次のような記述があります。

国立公文書館デジタルアーカイブ「神代皇代大成経序」より

ここには次のようなことが書かれています。

聖徳太子が、推古天皇へ進言します。
「この国(日本)の各地の古い家系に伝わる叡智が書かれた書物を集めて我々の言葉で編纂し、これを後代の指針としましょう。これらは放っておけばやがて失われ、それは我々にとっても好ましいことではありません」
これを受け、大臣の蘇我馬子にこう命じます。
「吾道、物部、忌部、卜部、出雲、三輪。この六家に命じて内録と各家の秘伝書を差し出させよ」

この六家が、渡来人に滅ぼされる以前の旧・天皇家を守護した家系です。籠神社や伊雑宮に見え隠れする六芒星は、この守護六家の結束を誓うシンボルを意味していると推測します。旧・天皇家と守護六家で、合わせて七家。

内録というのは、三種の神器とともに皇位継承に際して相続されてきた旧・天皇家の秘録。特に重要な文書です。
六家の秘伝書にしても、それぞれの家系ごとに専門的に担ってきた軍事や占い、この世界の仕組み、人の生き方の心得などの叡智を記したものでした。たとえば、物部は軍事担当。武士を表す古い言葉「もののふ」は物部から来ています。

こうして集められた内録と六家の秘伝書は、それぞれ異なる神代文字で書かれていました。これを解読し漢文で編纂したのが秦河勝を中心とする秦一族です。秦の性はその出自が中国の秦(しん)であることを示します。

蘇我馬子や聖徳太子の物言いからしても、彼らが旧・天皇家を滅し、伊勢神宮内宮に皇祖神が祀られるという歴史を“創作”した大陸渡来人の子孫であるように読めます。古代日本の叡智を集めるという理由に加え、日本国を統治する上で浅い歴史しか持っていなかったので、そういう意味でも古い家系の秘伝書を欲しがったという見方もできますね。

秦河勝はなぜ古代日本の神代文字を読めたのか、という点に謎が残りますが、それについての考察は次回以降。

戦いに敗れ旧・天皇家が渡来人に支配された時、六家の生き残りは一族皆殺しを避けるため表向きには渡来人の下に降ったが、心からの忠誠を誓ったわけではなかったようです。神代皇代大成経序の中で秘伝書を渡す場面でも、聖徳太子が「神代の時代の記録がない、まだ隠している文書があるのではないか」と問い詰め、やっと全ての秘密を公開したというくだりがあります。その最後の秘伝書は士笥(土で作られたタブレット)だとされ、縄文時代にまで遡る可能性があります。
この水面下でくすぶっていた渡来人系天皇家への反発心が江戸時代に表面化したのが伊雑宮に絡む一連の事件だったのではないでしょうか。

六家の筆頭に挙げられている吾道(あち)家。他の五家は歴史書に幾度も名前が登場する有名な家系ですが、吾道家だけは聞いたことがないという人が多いはず。六家の中でも特に重要な家柄だったからこそ、渡来人によって歴史の闇に葬られたのかもしれません。

吾道家の子孫は長野県に移り、現在の阿智村のあたりに隠れ住んだと僕は考えます。そう考える根拠は、その名前はもちろんのこと、阿智村の村章にあります。

阿智村村章

この図案はカタカナの「ア」と「チ」が組み合わされたものですが、それと同時に明らかに六芒星を意識したデザインに見えます。単なる偶然なのでしょうか。偶然にしても出来過ぎですが。ちなみに阿智村はこの現代、環境省から「日本一星空の観測に適した場所」と認定されていて、その公式サイトのシンボルマークもこれまた六芒星。

物部家にしても、籠神社の祭神である饒速日命の子孫であることから、六芒星との繋がりは明らかです。

三輪家はどうでしょう。
奈良の大神神社(三輪山)の社伝には、三河の石巻山が三輪山の元宮である旨が記されていることは以前書きました。
その石巻山に見えない力に引き寄せられるようにして行き、そこでこの六芒星を見たから、僕は自分自身でも理由がわからないまま、今書いているような神社めぐりと古代の探求を始めたのです。そういう意味では三輪と六芒星の関係性は僕個人にとっては極めて重要です。

石巻山の六芒星

出雲、卜部、忌部については調べていませんが、六芒星との関係性はちゃんと調べれば出てくるかもしれません。

神代皇代大成経序を含む先代旧事本紀大成経の原本は、国立公文書館のサイトで読めるので興味ある人は読んでみてはいかがでしょうか。ブラウザで直接開くと重いのでダウンロードすることをおすすめします。
国立公文書館デジタルアーカイブ

しかし、江戸時代に禁書とされたものを国が一般公開しているというのも面白いものですね。禁書とされた経緯を現代の国の職員が知らないとも思えませんが、もう公開しても問題ないという判断なんですかね。

では、次の記事からまた伊勢年末詣の旅記録に戻ります。