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月と共に巡る伊勢志摩(2)〜月夜見宮と豊受大神宮

早めに寝たからか、朝4:00に目が覚めた。窓の外を見ると当然ながらまだ真っ暗。雨も降っているようでした。二時間ほど時間を潰した後にホテルを出発。内宮には一度来たことがありますが、外宮の参拝は今回が初めてです。

泊まったホテルから徒歩15分、豊受大神宮(外宮)の別宮、月夜見宮。天照大神の弟神である月夜見尊を祀るとされています。木々に囲まれた社は7:00を過ぎてもなおまだ暗い。

この日がたまたま満月だったので、月つながりで参拝に来ました。内宮の別宮にも同じ読み方で漢字だけが違う「月讀宮」があります。祭神の月夜見尊(または月読命)は祀られる神社も少なく、謎の多い神さまです。社の左手には黒く焦げた楠があり、若干禍々しい雰囲気もありました。なんでも世界大戦の時の焼夷弾で焼けたそうです。この楠はなんだか写真に撮ってはいけない気がしたので写真なしです。

月夜見宮から歩くこと10分、続いて外宮を参拝。雨は小降りから霧雨に変わり、同時に参拝客の数も増えてきました。これでも昨年以前と比べると全然少ないんでしょうね。落ち着いてゆっくり参拝できるという意味ではありがたいのだけど。

外宮の初参拝を終えての感想は、素朴な、人に寄り添う神社という印象でした。内宮は外宮に比べるともう少し厳格な感じ。内宮に祀られる天照大神は女性神とされていますが、僕の印象はどちらかというと外宮が女性的で、内宮が男性的に思えます。

外宮を出ると一気に晴れ、濡れた道路に太陽光が反射していました。

中央構造線と神籬から紐解く古代日本(2)

137の神に誘(いざな)われ

再び茶臼山の話。愛知県東端にある茶臼山も、やはり中央構造線の上にあります。前回、「中央構造線が石巻山のあたりから角度を急に変えて北上している」と書きました。茶臼山はその北上しはじめのあたりにあります。もし中央構造線を「東を向いた龍」に例えるなら、石巻山が首で、茶臼山は首と頭が繋がる延髄あたりになるでしょうか。
東経で言うと、137度39分。

余談ですが、東経137度の南北のライン上にはなぜか「羽根」または「羽」の文字がつく地名が非常に多いことが知られています。このことから俗に「羽根ライン」とも呼ばれています。今回はこの羽根ラインについては触れませんが機会があれば詳しく紹介したいと思います。

経度とは、説明するまでもありませんが、地球全体を見た時の、東西方向の角度のことですね。137度という数は、円周(360度)と137度の比が黄金比「1:1.618」であることから、黄金角とも言います。東経の基準となる東経0度は、イギリスのグリニッジ天文台がある経度を指します。つまり地球全体から見て、イギリス(グリニッジ)と、日本の茶臼山を含む東経137度は、ちょうど黄金角の関係にあると言うことができます。だから何だと言われたら特に何もないんですが、まあ、イギリスと日本は黄金角で結ばれる「美しい関係」だなぁ、と。

それはともかくとして、実際のところ、イギリスと日本は古代においてなんらかの深い結びつきがあったような気がしています。前回書いたように、レイラインの概念はイギリス人考古学者のアルフレッド・ワトキンスによって提唱され、その後、日本においても偶然の産物とはとても思えないレイラインが次々と発見されています。このようなレイラインを構築できる、高度な幾何学や測量術、航海術、天文学の知識を持っていた集団が古代にいたこと、そして彼らが日本にも来て、多大な影響を日本人の信仰と文化に及ぼしたことはまず間違いないと思っています。

その集団は、どこから来た、どんな人々だったのか。僕の神社めぐりの旅はつまるところ、彼らが何者で、そして日本の先住民族である縄文人と彼らがどのような繋がりをもったのか。それを知るための旅であるとも言えます。

以前から僕は、イザナギ・イザナミを祀る神社や関係する土地に行くと心が安らいで落ち着くと度々書いてきていました。神社では白山中居神社や平泉寺白山神社、花窟神社、真名井神社。地名で言うと恵那や熊野。イザナギ・イザナミの夫婦神・・・イザナ(137)の神と、その渡来集団とが深い繋がりがある気がしてなりません。その集団のルーツに迫るには、「陽の道しるべ図」が大きな手がかりになるはずです。ただ前回、陽の道しるべ図には二つほど事実と異なる点が含まれていることを書きました。それは「淡路島を中心としたレイラインを古代人が構築した」という事の本質まで揺らぐものではありませんが、なんだか気分的にスッキリしないので、特に冬至日の出の方角には那智大社ではなく花窟神社があることを明記し、また中央構造線も絡めた図を新たに作り、それを今後の考察に用いることにします。

それともう一つの重要な鍵が六芒星です。
2014年、まるで目に見えない糸に手繰り寄せられるようにふらっと辿り着いた三河の石巻山。そこで「六芒星が描かれた鏡」を見たことが、自分自身でも理由がわからないまま始めた神社めぐりの原点です。イザナギ・イザナミの夫婦神と六芒星。これらを繋ぐ物証として残るレイライン。今後の神社めぐりは、このあたりに絞り込んで考察して行くつもりです。

今年の年末詣は伊勢志摩へ

一年のうちもっとも夜が長い日である冬至。自然界のリズムでは、この冬至を境にして陰から陽へ転換する、つまり新たな一年のはじまりの日と言えます。したがって、冬至以降に初めて神社に参拝する時が「初詣」だと僕は認識しています。ややこしくなるので人に話すときは世間の認識に合わせて「年末詣」と言っていますけどね。

茶臼山で見た、伊勢志摩地方のまじないであるセーマン・ドーマンが頭の片隅にずっと残っています。そのため夏からずっと伊勢志摩が気になっていました。
というわけで、今年の年末詣として、明日から伊勢志摩へ行こうと思っています。
コロナの影響で例年よりは観光客が少ないとは言っても、年が明けてからになると、神社にはやはりそれなりに多くの人が来ることが予想できます。今はコロナ感染を避けるという意味でも、人の少ない年末にお参りすることに理があります。

伊勢神宮は、外宮→内宮という順序で参拝することはよく知られていますが、その前に禊として、東の海に面した二見興玉神社を最初に参拝するのが古くからの習わしだと言います。僕も今回は最初に二見興玉神社を参拝してきます。二見興玉神社には神の使いとしてのカエルの像もたくさんあるし、茶臼山のカエル館繋がりということで。

そして、冬は二見興玉神社の夫婦岩の間から登る月の出が綺麗なんだそう。偶然にも今年は12月30日が満月。今年もかなり仕事が忙しくて疲れた一年でした。コロナ禍で仕事を失う人も多くいる中、忙しいと言えるのはありがたい事ですね。