Posts Tagged: ひふみ祝詞

ひふみ祝詞の解釈

DSC00366-2

ひふみ祝詞は、日本に古くから伝わる、神道の祭祀において神に対して唱える言葉=祝詞の一種です。祝詞には様々な種類がありますが、ひふみ祝詞は別格と言うか、根本的に他の祝詞とは次元が異なるものだと感じています。今回はそのことについて少し触れてみます。

ネットでひふみ祝詞について検索すると、その解釈についていろいろなパターンがあることがわかります。しかしどの解釈も僕にはいまいちしっくり来ません。パズルのピースがうまくはまらないようなもやっとした印象が残ります。そこで、僕独自で腑に落ちる解釈をしてみました。

ひふみ祝詞のはじまりの十文字

ひふみ祝詞は「ひふみよいむなやこと」の十文字ではじまります。そしてそれぞれの文字に意味があります。

 一、日。すべてのはじまり。
 二、風、ふるえ、振動、素粒子。エネルギーの伝播。
 三、身、密。「ふ」が集まり実体化する様。分子構造。
 四、世、物質世界、星々、地球。
 五、命、出(い)ずる。原始生命体の誕生。
 六、蟲。より複雑な構造を持つ生物への進化。
 七、魚(な)、肴(な)。食物連鎖、ヒエラルキー。他の生物からエネルギーを取り込みさらに進化する様。
 八、弥栄(やえい、いやさか)。霊的に高度な生物の誕生と文明の成立、繁栄。
 九、究、旧、凝る。臨界点、終末。混沌。
 十、死、十字架。|(か)一(み)との合一。

こうすると、ひふみ祝詞はこの世のはじまりと終わりを、物理学的、生物学的な視点をもって正確に見抜いて歌っていると解釈できます。

はじまりの「ひ」の次の「ふ」を風、振動と考えたのは、2つの理由からです。一つは最新の物理学上の仮説「超弦理論」において「物質の究極の最小単位は“振動するひも”のようなものである」とされていること。
もう一つは、「ヨハネによる福音書」のはじまりの一節からです。

ヨハネによる福音書

初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。言の内に命があった。

この「言」は「言葉」と理解するのではなく、もっと根源的なもの、つまり音=振動と解釈して読み替えてみると、ひふみ祝詞の上記解釈とほぼ同じことを言っていることに気が付きます。
最後の|(か)一(み)はこれも僕独自の解釈なので少し解説すると、かは火、みは水。火は縦に燃え伝わり、水は水平に広がる性質があります。ここから縦線「|」をかと読み、横線「一」とみと読みます。この2つを組みわせた文字「十」は、かみ=神。よって「と」は神との合一を意味するという解釈です。

ひふみ祝詞の謎

ひふみ祝詞がいつから伝わっているのかは不明であり、具体的な年代は誰にもわかりません。少なくとも仏教伝来前であることは確か。二千年前か、三千年前か、あるいはもっととてつもなく古い可能性もあります。従って、ひふみ祝詞が書かれた文字も本来は「かな」ではなかった可能性があります。一説には漢字伝来よりはるかに古くから日本に存在した「神代文字」で書かれていた、とも言われています。
ひふみ祝詞にはさらに続きがあり、日本語の発音の四十七音がすべて一文字ずつ使われています。

ひふみ よいむなや こともちろらね
しきる ゆゐつわぬ そをたはくめか 
うおえ にさりへて のますあせゑほれけ

と(十)の次は、も(百)、ち(千)、ろ(万)・・・と解釈できます。

十がもし僕の解釈どおり、あの世への旅立ち、または文明の終焉を意味しているのだとすれば、百から先は人間の三次元的な認識では想像も及ばない世界が広がっている。そしてひふみ祝詞はそれをも歌っている。そこにどんな意味が込められているのか、そしてこのひふみ祝詞を作った太古の人々は一体どうしてそれを知り得たのか。そこに思いを馳せるたびにワクワクします。