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月と共に巡る伊勢志摩(1)〜二見興玉神社

年末年始に大寒波がくるという予報を聞いて積雪が心配でしたが、山沿い以外は大丈夫だろうと見込んで予定通り伊勢志摩に行ってきました。29日は、寒波が来るとは思えないくらいのぽかぽか陽気。昼前に家を出て、東名阪道を走ること二時間。伊勢市内のホテルにチェックイン後、一息ついてから二見興玉神社へ。

みちびきの神である猿田彦大神を祀る二見興玉神社は、「無事にかえる」にかけてカエルの像がいたる所にあります。

不思議なことに、波で侵食された自然の岩までカエルそっくり。

風もなく穏やかで心地の良い夕方の海。

しばらくすると、水平線の向こうから月が上ってきました。太陽もまだ沈んでいないので、パステルカラーの空と相まってファンタジックな月の出に。

この夫婦岩のはるか沖合に「興玉神石」と呼ばれる聖石が鎮まるとされ、二見興玉神社の社殿が作られる以前はこの夫婦岩が遥拝の鳥居の役目を果たしていたとか。大寒波の降雪で足止めされず無事に帰れるようにと願掛けをして参拝終了。ホテルに戻り、翌日の長距離歩きに備えて早く寝ました。

中央構造線と神籬から紐解く古代日本(2)

137の神に誘(いざな)われ

再び茶臼山の話。愛知県東端にある茶臼山も、やはり中央構造線の上にあります。前回、「中央構造線が石巻山のあたりから角度を急に変えて北上している」と書きました。茶臼山はその北上しはじめのあたりにあります。もし中央構造線を「東を向いた龍」に例えるなら、石巻山が首で、茶臼山は首と頭が繋がる延髄あたりになるでしょうか。
東経で言うと、137度39分。

余談ですが、東経137度の南北のライン上にはなぜか「羽根」または「羽」の文字がつく地名が非常に多いことが知られています。このことから俗に「羽根ライン」とも呼ばれています。今回はこの羽根ラインについては触れませんが機会があれば詳しく紹介したいと思います。

経度とは、説明するまでもありませんが、地球全体を見た時の、東西方向の角度のことですね。137度という数は、円周(360度)と137度の比が黄金比「1:1.618」であることから、黄金角とも言います。東経の基準となる東経0度は、イギリスのグリニッジ天文台がある経度を指します。つまり地球全体から見て、イギリス(グリニッジ)と、日本の茶臼山を含む東経137度は、ちょうど黄金角の関係にあると言うことができます。だから何だと言われたら特に何もないんですが、まあ、イギリスと日本は黄金角で結ばれる「美しい関係」だなぁ、と。

それはともかくとして、実際のところ、イギリスと日本は古代においてなんらかの深い結びつきがあったような気がしています。前回書いたように、レイラインの概念はイギリス人考古学者のアルフレッド・ワトキンスによって提唱され、その後、日本においても偶然の産物とはとても思えないレイラインが次々と発見されています。このようなレイラインを構築できる、高度な幾何学や測量術、航海術、天文学の知識を持っていた集団が古代にいたこと、そして彼らが日本にも来て、多大な影響を日本人の信仰と文化に及ぼしたことはまず間違いないと思っています。

その集団は、どこから来た、どんな人々だったのか。僕の神社めぐりの旅はつまるところ、彼らが何者で、そして日本の先住民族である縄文人と彼らがどのような繋がりをもったのか。それを知るための旅であるとも言えます。

以前から僕は、イザナギ・イザナミを祀る神社や関係する土地に行くと心が安らいで落ち着くと度々書いてきていました。神社では白山中居神社や平泉寺白山神社、花窟神社、真名井神社。地名で言うと恵那や熊野。イザナギ・イザナミの夫婦神・・・イザナ(137)の神と、その渡来集団とが深い繋がりがある気がしてなりません。その集団のルーツに迫るには、「陽の道しるべ図」が大きな手がかりになるはずです。ただ前回、陽の道しるべ図には二つほど事実と異なる点が含まれていることを書きました。それは「淡路島を中心としたレイラインを古代人が構築した」という事の本質まで揺らぐものではありませんが、なんだか気分的にスッキリしないので、特に冬至日の出の方角には那智大社ではなく花窟神社があることを明記し、また中央構造線も絡めた図を新たに作り、それを今後の考察に用いることにします。

それともう一つの重要な鍵が六芒星です。
2014年、まるで目に見えない糸に手繰り寄せられるようにふらっと辿り着いた三河の石巻山。そこで「六芒星が描かれた鏡」を見たことが、自分自身でも理由がわからないまま始めた神社めぐりの原点です。イザナギ・イザナミの夫婦神と六芒星。これらを繋ぐ物証として残るレイライン。今後の神社めぐりは、このあたりに絞り込んで考察して行くつもりです。

今年の年末詣は伊勢志摩へ

一年のうちもっとも夜が長い日である冬至。自然界のリズムでは、この冬至を境にして陰から陽へ転換する、つまり新たな一年のはじまりの日と言えます。したがって、冬至以降に初めて神社に参拝する時が「初詣」だと僕は認識しています。ややこしくなるので人に話すときは世間の認識に合わせて「年末詣」と言っていますけどね。

茶臼山で見た、伊勢志摩地方のまじないであるセーマン・ドーマンが頭の片隅にずっと残っています。そのため夏からずっと伊勢志摩が気になっていました。
というわけで、今年の年末詣として、明日から伊勢志摩へ行こうと思っています。
コロナの影響で例年よりは観光客が少ないとは言っても、年が明けてからになると、神社にはやはりそれなりに多くの人が来ることが予想できます。今はコロナ感染を避けるという意味でも、人の少ない年末にお参りすることに理があります。

伊勢神宮は、外宮→内宮という順序で参拝することはよく知られていますが、その前に禊として、東の海に面した二見興玉神社を最初に参拝するのが古くからの習わしだと言います。僕も今回は最初に二見興玉神社を参拝してきます。二見興玉神社には神の使いとしてのカエルの像もたくさんあるし、茶臼山のカエル館繋がりということで。

そして、冬は二見興玉神社の夫婦岩の間から登る月の出が綺麗なんだそう。偶然にも今年は12月30日が満月。今年もかなり仕事が忙しくて疲れた一年でした。コロナ禍で仕事を失う人も多くいる中、忙しいと言えるのはありがたい事ですね。