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月と共に巡る伊勢志摩(7)〜皇大神宮(内宮)

この日は大晦日。気温はおそらく前日よりもさらに低かったと思います。ただ風はなかったのでそこまでの寒さは感じませんでした。こんな朝早くから内宮の駐車場はすでにほぼ満車で、かなり離れたところに車を停めることになりました。

しかし人の姿はやはりまばら。駐車場の混雑ぶりはなんだったんだろう。みんな車内で待機しているのでしょうか?

20分ほど歩くと宇治橋前の鳥居に来ました。

鳥居の前には長い行列が。最初はなんの行列かわかりませんでしたが、少し考えて、鳥居の後ろから昇る日の出を見るために並んでいるんだなと気付きました。列の後ろの方の人は、ほとんど人の頭しか見えないと思うけどそれでいいんだろうか?

行列を尻目に宇治橋を渡る。霜で真っ白。

8年越しのお礼参り

内宮に来るのはこれが二度目です。

最初に来たのは2013年の春。ある人と二人で参拝に訪れました。詳細は伏せますが、その人は非常に苦しみの多い人生でした。僕は当時まだ神社についてぜんぜん詳しくなくて、正宮はお願い事をする場所ではないということも知らず、「この人が苦しみから解放されますように」と祈りました。その三週間後、突然その人は心不全で亡くなってしまいました。本当に突然のことで、僕は一週間は仕事もできないほどずっと泣き続けて、ようやく立ち直るまでには半年ほどかかりましたね。

それ以来、伊勢神宮とその人の死が関係しているわけではないと頭ではわかっていても、無意識に伊勢神宮を避けていたように思います。それから数年経って考え方というか感じ方が変わってきました。ああ、あのとき神様は「苦しみから解放」してくれたんだなと。あの人のことも、僕のことも。そうして茶臼山でセーマン・ドーマンを見て「そうだ、今年の年末詣は8年ぶりに伊勢神宮へ行って、ちゃんとお礼参りしてこよう」と決めた、というわけです。今回正宮の参拝を終えて、やっと自分の心も解放することができたように思います。

30分ほどして再び宇治橋のところに戻って来ると、まだあの行列がありました。しかも来た時よりも人が増えてる。大勢の視線に晒されながら鳥居をくぐって出て行くのは妙な緊張感がありました。

振り返ると、今まさに太陽が顔を出したところでした。月讀宮での月といい、なんという絶妙すぎるタイミング。神様が見せてくれたのかな。せっかくなので僕も列の最後尾に行って、鳥居の間から昇る日の出を眺めてみました。

なるほど、写真にすると人の頭ごしでもこれはこれで味があっていいかもしれない。

これで2020年の年末詣、伊勢志摩の旅日記は終わります。今回の旅で新たにわかったことや疑問に思ったこともいろいろあるので引き続き考察をしていきます。

月と共に巡る伊勢志摩(6)〜夫婦神と月讀宮

この日12月30日は満月。一旦ホテルに帰って休憩。夕方を待ってから再び二見興玉神社へ行き、夫婦岩と月の出を眺めてきました。と言うと優雅な感じですが、風が昼間よりさらに強まり、まるで台風のようでした。JR紀勢線も強風のために一部運休になったそうです。その影響もあってか、人もまばら。波しぶきを浴びながらの写真撮影となりました。でも朝方まで雨が降っていたことを思うと、晴れてくれただけ幸運でしたね。
月が出る時刻は日の出とは違って毎日大きく変わります。だから29日に撮った写真と比べると、月の位置は同じでも空の明るさが全然違いますよね。また、夫婦岩の上に月が来るのは冬の間だけです。

月讀宮

翌朝6時、ホテルをチェックアウトしてこの旅最後の目的地、伊勢神宮内宮へ向かいました。前日とは打って変わって風のない静かな日でした。途中に内宮の別宮である月讀宮があります。ここも月繋がりということで寄ってみることに。

駐車場に車を停めて振り返ったらちょうど月讀宮の上に満月が・・・。ウソみたいな話ですが、僕はこのタイミングを狙っていたわけではなくこれも偶然です。そもそもこの位置に月が来ること自体知らなかったし。

ここは月夜見宮と違って暖みがある印象でした。ほぼ同じ大きさの社が南向きに四つ並んでいて、向かって左から順に伊佐奈弥宮、伊佐奈岐宮、月讀宮、月讀荒御魂宮。ここにイザナギ・イザナミが祀られていることもこの日来て初めて知りました。皇祖・天照大神の親神であるイザナギ・イザナミがこの月讀宮に並べて祀られているのはなぜだろう。ちょっと調べたところ、伊勢神宮125社の中でイザナギ・イザナミを祀っているのもここだけのようです。親神であるならもう少し特別な扱いであってもいい気がする。ふと湧いたこの疑問が、後述する考察に繋がりました。

伊勢神宮成立よりも古い?夫婦神を結ぶ東西のライン

さて、前回記事でもったいぶった話の続きです。伊射波神社をイザナミ神社と空目した僕は、試しに伊弉諾神宮と伊射波神社とを直線で結んでみました。仮にこの直線をイザイザラインと呼びます(ネーミングセンス)

面白いのは、このイザイザラインは、月讀宮の真上を通過していることです。どれくらい「真上」かと言うと…。

これくらいです。中央の赤い線がイザイザライン。完璧なまでに月讀宮の鳥居を通り、4社の眼前を通っています。
伊弉諾神宮は現在はイザナギ・イザナミの二柱を祀っていますが、元々はイザナギだけを祀っていたという説が有力です。幽宮(かくりのみや)とも言い、イザナミと死別しイザナギだけで国造りをした後の余生を過ごした場所、とされています。

ほぼ真東にイザナミと読める伊射波神社。そのあいだには月讀宮。月讀の「ヨミ」は黄泉(あの世)を意味しているのでは。イザナミの死で一度は離れてしまった両神が、月讀宮で、つまり黄泉の国のお宮で再び一つになれたのかもしれないですね。これらが全て偶然だとしたら逆にすごいんですが。月讀宮にイザナギ・イザナミが祀られ今の4社の形になったのは明治6年の事。その決定をした人は何かを知っていたんでしょうか。

記紀の日本神話ではツクヨミはアマテラスと同じくイザナギ・イザナミの子供とされていることからすると、この解釈には矛盾があると思うかもしれません。しかし日本神話にはそのベースとなった未解明の神話や伝承があったことはまず間違いありません。そしてかなりの部分が元の話から変化している、あるいは意図的に改変されていることを思えば、特に不思議はありません。ツクヨミという神はもともとはイザナギ・イザナミの子供ではなかったと僕は考えています。記紀でツクヨミはほぼ存在感ゼロですしね。

「そんな古代にどうやってそれだけの高精度で東西を測ったんだ」という疑問が出るかもしれません。実は陸上なら東西を知るのは特別な技術を持たない古代人でも可能です。地面に棒を垂直に立て、その棒にひもを張って円を描きます。午前と午後の2回、棒の影の先端が円周上に来るので、その2点を結べばほぼ正確に東西となります。

(余談)月讀宮の衛星画像を見てて気づきましたが、4つの社の後ろには遷宮のためのスペースがあるんですね。