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戌年~犬神(狼)の2018年~僕が神社めぐりを始めた理由(3)

前回:戌年~犬神(狼)の2018年~僕が神社めぐりを始めた理由(2)

寓話的な実話

――2014年のある夏の日、僕は一人で長野県阿智村の山にペルセウス座流星群と天の河の写真を撮りに行った。その日は晴れの予報だったのに、僕が山につくのとほぼ同時に濃霧に覆われてしまい、雨も降ってきた。片道3時間もかけて行ったのでなんとか晴れてほしいなと願いながら翌朝まで待った。しかし霧は晴れず、星を見るのを諦めて帰った。
……帰宅後、ふいにこう思った。
『あのままもう少し明るくなるまで待っていれば、もしかしたら山頂に続く道を覆う霧の幻想的な光景が見られたかもしれない。それはもしかしたら、晴れさえすればいつでも見られる星空よりもっとレアで美しい光景だったかもしれない。「星を見に来た」という思考が邪魔をして、あの霧を見る目が曇っていたんだ。本当に曇っていたのは空ではなく僕の目と頭だった』。この時、思考や知識に偏りすぎず物事をありのままフラットに見ることの重要性を学んだ――

三輪山と六芒星ライン

毎度ながら久しぶりのブログ更新です。さっそく前回の続きを書いていきます。
三河旅から帰宅後、石巻山で見た六芒星と、ほっとい亭の今井さんから教えてもらった串呂学なるものがとても気になり、寝る間も惜しんで地図とにらめっこしていました。まず最初にやったことは、日本 ――特に中部・近畿地方―― に点在する六芒星に関係する神社や聖地を調べ、それらを地図上で線で結ぶこと。六芒星×串呂学です。この作業に意味があるのかどうか僕自身にもわかりませんが、最初に僕が石巻山にたどり着いたのもまさに「線で結ぶ」という作業の結果なので、直感的にはなにか意味があるような気がしていました。そうして調べて見つけた神社を、三輪山―石巻山ラインに重ねてみました。見ておわかりのように三輪山ラインとほぼ完璧に対になっていますね。ここまで来ると偶然と考えるほうが不自然で、何かしらの意味があってこのような配置になっているとは思うのですが、そのあたりはまだ調査中です。

見つけた神社を一つ一つ詳しく紹介していきましょう。

伊雑宮(いざわのみや)
伊勢神宮の南東、三重県志摩市にある神社です。祭神は天照坐皇大御神御魂 (あまてらしますすめおおみかみのみたま)。かつてはこの伊雑宮の石灯籠に六芒星が刻まれていたと言いますが、今は木製の灯籠に変えられていて、そこに六芒星はありません。が、この伊雑宮の向いに「神武参剣道場」という建物があり、その門に刻まれた六芒星は今もグーグルマップのストリートビューからも確認することができます。

この伊雑宮について詳しく調べていくとさらにとても興味深い話があるのですが、それを書こうとするとまた話がとてつもなく長くなるので(笑)それについてはいずれ時期をみて書いていきます。ちなみに伊勢神宮の外宮と内宮を結ぶ道添いにあった石灯籠にもかつては六芒星が刻まれていましたが、今はその石灯籠自体が撤去されています。

鞍馬山
鞍馬天狗で有名なあの鞍馬山です。パワースポットブームで話題になり、検索すればいっぱい情報が出てくるのでここで改めて詳しく書く必要もなさそうですね。ここの鞍馬寺本殿金堂の前の地面には大きく六芒星が描かれています。

籠神社・真名井神社
籠神社は元伊勢とも言います。籠神社の奥宮である真名井神社の地中から掘り出された石碑にも、伊雑宮と同じく六芒星が刻まれていました。そして、やはり伊雑宮や伊勢神宮と同じく今は消されてしまっています(正確には「三つ巴」の紋で上書きされています)。
自分で撮った写真は残念ながら持っていませんが、こちらの滝沢泰平さんのブログではその石碑の写真が確認できます。
天下泰平~滝沢泰平 公式ブログ~:元伊勢籠神社と「かごめの歌」
石碑だけでなく絵馬からも六芒星だけが消されるという徹底ぶり。

ここで少し整理します。僕が2014年に最初に石巻山に登った時には奥宮にたしかに存在した六芒星の鏡が今はもうありません。そして伊勢神宮も、伊雑宮も、真名井神社からも…。僕にはやはり偶然だとは思えません。滝沢さんがブログで指摘しているように「本当の日本の古代史がわかってしまうことを恐れて」なのでしょうか。
真名井神社の六芒星が三つ巴に変えられていた事が何かのヒントになるかもしれません。三つ巴は、現代において悪魔の数字とされている「666」を裏表ひっくり返した文様。籠神社の「籠」の文字は、龍が封印されている様子を表す文字です。籠目歌に「後ろの正面」ということばがあります。これらがすべて繋がっているように僕には思えます。
過去記事「熊野旅後記(1)~玉置神社の“悪魔祓い”の謎」に書いたことを思い出してみて下さい。六芒星が消される理由、そして「裏返しの666」による封印は、「封印された悪神」国之常立神とも深い関係がある気がしています。
一番目立つ鞍馬寺の六芒星が消されていないのは、鞍馬寺は伊勢神宮や日本史との直接的な繋がりを示す文献が存在しないからでしょうか?
あとはあまりにも有名なのでいきなり消したら逆に不自然で興味を持って理由を調べ始める人が増えて逆効果になるから…とかね。

まことの善は悪に似ているぞ、まことの悪は善に似ているぞ、よく見分けなならんぞ、悪の大将は光り輝いているのざぞ
(日月神示 地つ巻 第十七帖一五四)

滝沢さんのブログ記事にある真名井神社の絵馬には、饒速日命(にぎはやひのみこと)の名がありますね。この神もまた僕の今後の神社巡りに関係して来るので名前を覚えておいて下さい。

・(おまけ)大峰山
物理的には直接六芒星との関連を示す証拠は見つかりませんが、この大峰山もまた古くから修験道の聖山として崇められています。山頂近くには箕六弁財天社(みろくべんざいてんしゃ)という神社があります。「みろく」という名が気になるところですが、関連性があるのかどうかは不明。
奈良の三輪山と一宮市の大神神社を結ぶ直線を南西に伸ばした先に寸分違わず位置しているので、六芒星ラインの図に加えてみました。これもやはりただの偶然ではなく、意図的であるように思えます。長くなるので省略しますが、鍵となるのは空海と四国です。そのあたりもこれからの当ブログで順次触れていきたいと思います。

戌年~犬神(狼)の2018年~僕が神社めぐりを始めた理由(1)

前回:戌年~犬神(狼)の2018年~僕と発達障害とwolftones(2)

毎度ながらまた間があいてしまいましたが続きを書いていきたいと思います。

wolftonesの「聖地」

wolftonesという名は僕自身が考えたというよりは、なにか他所から僕の頭のなかに入ってきて閃いたような感じでした。
時は2014年のゴールデンウィーク前。GWの連休にはどこかに旅行に行きたい、でも誰でも知っているような観光名所に行くだけの旅には僕はあまり興味がありません。何か旅のテーマがあると面白いなと考えた末、「wolftonesの聖地を勝手に認定してそこに行く旅」というテーマを思いつきました。聖地と言っても神や信仰などといった話ではなく、要はアニメやドラマでよくある「○○の聖地」のように軽いノリの、ちょっとした遊び心で思いついただけの旅のテーマでした。

wolfは狼なので、狼に関係する神社が日本のどこかにあるかもしれない、もしあったらそこを聖地にしよう、というような言葉遊びをしつつ調べました。そしてGoogleで「おおかみじんじゃ」と入力して最初に出てきたのが、奈良の大神神社でした。大神と書いて「おおみわ」と読みます。この時点では僕はまだ大神神社はもちろん、神社や神道についての一般的な知識さえ持っていませんでした。大神神社について少し調べてみると、日本最古の神社だとか、なんだか色々とすごそうな事が書いてあります。ここを勝手にwolftonesの聖地にしようと決め、GWの旅の計画を練ることにしました。

しかし、予定日が近づけば近づくほど、そして大神神社について調べれば調べるほど、行く気がどんどん萎えていきました。一言で言えば怖くなってしまったのです。「ここは遊び気分で軽々しく行って良い場所ではない」という思いを心の奥に感じ、それが日増しに強くなっていきました。いわゆる畏怖の念ですね。

最終的に大神神社に行くのは断念しました。とは言え、一度決めた「聖地の旅」の思いは捨てがたく、代わりになるいい場所はどこかないかな~……というようなことをSNSでつぶやいていたら、ある人が「愛知県一宮市にも大神神社があるよ」と教えてくれました。

早速GoogleMapで調べてみると、たしかに僕の住む稲沢市の隣の一宮市にも大神神社があります。
そしてなんとなく、奈良の本家大神神社と一宮市の大神神社とを直線で結んでみると、ほぼ正確に南西-東北方向にきれいに結ばれました。
この直線を見ていると、さらに一宮市の大神神社から今度は鏡写しに南東方向に直線を引いてみたくなりました。
その線の先に何があるかまったくわからないけれど、とにかくその先にある場所をGWの旅の目的地にしよう。直感的にそう思いました。
この時なぜ南東方向に線を引こうと思ったのか、自分でもわかりません。なんとなくそうしたかったから…としか表現できませんが、今考えるともしかしたら何かが僕を導いたのかもしれないという気もします。

その線を地図上で辿って最初に気になった場所が、石巻山という、愛知県東三河にある山です。名前も聞いたことのない山でしたが、この名前に何か惹かれるものを感じ、自然や登山が好きな僕はこの石巻山をGWの旅の目的地に決めました。マイナーな山なのでGWでも人はそれほど来なさそうで、静かで良いかなとも思ったからです。

石巻山から始まった神社巡り

石巻山についてネットで調べてみて、とても驚きました。
「奈良の三輪山(大神神社)の社伝には、三河の石巻山が三輪山の『奥の院』である旨が記されている」という情報を見つけたからです。もちろん僕はそんなことはまったく知りませんでした。真偽は不明です。真偽を確かめようにも、僕のような一般人が大神神社に社伝を見せてくれと言って見せてもらえるものでもないでしょうしね。
ただ、なんの知識も持たなかった僕が大神神社から石巻山へと直感によって導かれるようにたどり着いた事と、このネットの情報とが不思議にリンクしている気がして、確証こそないものの、両者にはなんらかの関連性があることは確かだという感覚だけはありました。

そうこうしているうちにGWの連休に入り、僕は石巻山に登山に出かけました。
ここからは当時書いた日記をそのまま引用しつつ書きます。

5月4日、晴れ。
朝4:00に起きて出発の準備をしていると、早くも空が白んできました。日の出が早くなりましたね。高速道路は渋滞しているだろうと予想し、R23→R1ルートで豊橋へ。朝早いこともあり道はとてもすいていました。

7:30頃、豊橋市に到着。石巻山は、遠くからでも一目でそれとわかる、本当にきれいな三角形をしていました。写真だと雰囲気があまり伝わらないかもしれませんが、実物を見たら「緑のピラミッドだ」と誰もが感じると思います。はるか昔から信仰の対象にされていたのも頷けます。

まず石巻神社下社へ参拝してから石巻山登山口へ向かいました。その途中で、「ほっとい亭」というとろろ汁のお店がありました。そのお店のたたずまいになんとも言えない懐かしいような心地よさを感じて、開店前なのに思わず駐車場に車を停めて、ぼんやりとその心地のよさを楽しんでいました。

でもぐずぐずしていると石巻山に人が来てしまうかもしれないので、すぐに登山口へ移動。
幸い僕の他には家族連れが一組来ているだけでした。8:30頃、登山開始。

山の中腹に、小さな祠があります。

この祠にあった、六芒星が描かれた鏡?こそ僕の神社巡りの原点です。これを見て、理屈ではなくやはり直感的にですが「僕は今後の人生で六芒星を追う」という気持ちに自然となっていきました。
よく見るとこの六芒星は下向きの三角が二重線になっています。理由はわかりませんがなんらかの意味があるものと思います。なお僕はこの後にも2回、石巻山に行っていますが、六芒星の鏡を見たのは2014年のこの時が最初で最後です。
ここだけでなく、なぜか近年になって全国各地の神社で次々と六芒星が消され、あるいは隠されているようです。伊勢神宮の灯籠、籠神社の絵馬、真名井神社の石碑など……。
もちろん個々の神社の方針がたまたま重なっただけの、単なる偶然という可能性もあります。しかし僕はどうもなにか共通の意図による「六芒星隠し」のような気がして仕方がないんですよね。そうだと仮定した上で個人的にはその理由についてもひとつの仮説を立てていますが、現段階では僕の妄想に過ぎないかもしれないので、このブログにはもう少し具体的に何かわかってから書こうと思います。

この奥社から上の山域は、気配がガラリと変わります。まるで巨大な緑色の生き物の体内に入って螺旋状に登っていくかのような感覚。石巻山はまるで、山に化けた龍体のような。以前のエントリで東三河は水の中のような空気感と表現しましたが、石巻山は僕の中で「三河という海の底に鎮座する龍宮城」というイメージですね。

再び日記から引用。

下山して、またすぐにふもとのとろろ汁屋「ほっとい亭」駐車場に来ました。
ここにいると本当に落ち着く。

時計を見ると10:20。
開店は11:30なので、まだ1時間以上も時間があります。
ここで食事をするか考えていると、僕の直感(右脳)と理性(左脳)が言い争いをはじめました。

左脳「一番安いメニューのとろろ汁定食でも1500円と書いてあるぞ。とろろが食べたいわけでもないのにちょっともったいないんじゃないか?」

右脳「いや!今日はここで食べるんだ!」

左脳「開店と同時に入ったらたぶん店主と言葉を交わすことになるぞ。そういうの苦手だろ、いいのか?」

右脳「いい!」

左脳「開店までまだ1時間以上もあるぞ。石巻山以外にも行きたい所があったんだろう?時間が無駄になるじゃないか」

右脳「もう他なんてどうでも良くなった!ここで食べるべきだ!」

右脳の声は普段はとても小さくて聞き取れない事もしばしばなんですが、この時の右脳は全力で左脳の意見を否定していました。
結局僕は右脳に従い、開店まで待つことにしました。

このほっとい亭の店主との出会いもとても不思議な縁を感じるものでした。
続く。

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