Monthly Archives: 9月 2014

巨石探訪 ~ 恵那・笠置山の“ピラミッド” (2)

P9150167

白雲寺跡のピラミッド石から林道を北西に向かうと、残る3つのピラミッド石もすぐに見つけることができた。と言うか林道のすぐ脇で独特の気配を漂わせているので、嫌でも気付く。

上の写真は、林道から20mほど離れたところにあるピラミッド石。地元では「ヒミカ石」という名で呼ばれているらしい。理由は、この石にペトログラフで“ヒミカ”と刻まれているからだと言うが、どれがペトログラフなのか見てもはっきりとはわからなかった。何か刻んであるようにも見えるし、ただの傷のようにも見える…。いつ、誰が「ヒミカ」と呼びだしたのか、謎だ。だからと言ってこれがただの石だという感じもしない。

P9150181

こちらはそのヒミカ石から、林道を隔てて10mくらい行ったところにある石。名前は不明。ヒミカ石よりも一回り小さく、大人の背丈より少し大きいくらい。近くに行くとかすかに地下で水がちょろちょろと流れる音が聞こえる。

P9150158

どの石も、ピラミッドのように見えるのは特定の方向から見た時だけで、たとえばヒミカ石は裏に回るとこの右の写真のようにいびつな形になっている。四角錐でも三角錐でもない。この事から、これらの石を「ピラミッド」と呼ぶ事を否定する人がいても無理もない。僕もこれらの石をピラミッドと呼ぶのは違和感があったので、今後は「三角石」とでも呼ぶかな。

どの石も、人為的に表と言うか「顔」となる面が作られているような気がした。その面から見た時だけ、きれいな四角錐か三角錐のように見えるのだ。なぜそのような形状になっているのかはわからないが。ひょっとしたら顔となる面の方角にも何か意味があったりするのかな。今回はその正確な方角は確認してこなかったので、またもし次回行く事があったら確認してこようと思う。ただ白雲寺跡の石も、ヒミカ石も、あとの2つの三角石もすべて林道から「顔」が見える向きになっていることは確かだった。石の見栄えのためだけにわざわざ林道をそのように作ったのか、それとも道が先で石が後から作られたのか。それすらもわからない。

P9150197

で、これが残る最後の一つ。これは地元で「みずくぼ岩」と呼ばれている。僕はこの名前には聞き覚えがあった。昭和35年、静岡県の旧・水窪(みさくぼ)町で、現代人には解読できない文字のようなものが多数刻まれた石が出土したという話だ。その石もまた「水窪石」と呼ばれている。
水窪石の画像(Google画像検索)

昭和35年8月、奥領家の田中博氏の自宅近くの坂道(門前という地名)で発見されました。
坂道の敷石の中に埋まっていた卵型の石を掘り起こしたところ、文字とも絵とも判明しかねるものが刻み込まれていました。国学院大学・玉川大学等の学者が研究を進めていてくれるとのことですが、早期に学問的な結論が望まれる“ふしぎな・不思議な”石です。この川石は水窪の地で産出される石で、長さ34センチ、巾12~20センチ、厚さ7センチ、重さ7.4キロの砂岩、表面は滑らかな表面で、丸や四角や矢印などを組合せたような記号が刻まれています。
http://yama-machi.beblog.jp/misakuboi/cat6470433/

現在この水窪石は、水窪民俗資料館に置かれている。

帰宅後、「4つのピラミッド石と笠置神社と山頂が一直線上に並ぶ」という噂を確認するため、GPSで記録した場所を地図上にマークしてみた。(画像クリックで拡大)GPSの誤差は最大でも10m以内におさまっているはずなので、かなり正確な場所であるはず。ちなみにNo.1とあるのが白雲寺跡の石だ。
笠置山
うーん。一直線と言うのは多少無理があるが、幅200m程度の“帯”を想像すれば、なんとなくラインが見えてくる気もする。ここで直感が働いて、この“帯”を南東方向へ静岡までずーっと伸ばしていった。すると水窪石のある水窪町へとぴったり行き当たった。

Misakubo_Shizuko_chapter

水窪町章は六角形の亀甲文様。僕にとってはこれは重要な意味がある。
次の旅の目的地候補は「阿智」と「水窪」かな。

おまけ写真

笠置山山頂から少し歩いた岩場で見られる、天然記念物のヒカリゴケ。自ら発光しているわけではなく、環境光をヒカリゴケの特殊な細胞が反射してこのようにきれいなエメラルドグリーンの光を放っているように見える。ほら穴のような奥まった場所の、さらに岩の下の暗がりに生息している。撮影しようとして自分の体で外光を遮ってしまうとヒカリゴケの光も見えなくなってしまうのでなかなか大変だった。誰もいない早朝で時間はたっぷりあって良かったよ。まあ昼間でもこの山を訪れる人はそう多くはないんだけど。

前記事:巨石探訪 ~ 恵那・笠置山の“ピラミッド” (1)

巨石探訪 ~ 恵那・笠置山の“ピラミッド” (1)

9月15日、月曜日。三連休最終日のこの日、岐阜県恵那市の笠置山に行くことにした。僕は一人旅では行き先は基本的にその時の直感で決める。恵那という土地は以前から好きで、行くとなぜだかとても心が安らぐ。もし春の穏やかな日にでも恵那に行けば、きっと心地よくていつまでも居眠りしていそうな気がする。恵那という地名は岐阜県雑学 市町村・地名の由来によれば、イザナミが天照大神を生んだ時の胞衣(エナ=胎児を包む膜と胎盤)に由来するという説があるそうだ。

P9150003

AM3:00に起床。僕は3:00~6:00頃の時間帯が一日のうちで一番好き。この時間は多くの人がまだ寝静まっていて、もっとも非日常感が味わえる時間なので。この時間帯に車を走らせる事も好きだな。ただこの日は準備に手間取って、家を出たのは4:00頃。

朝焼けが真っ赤だった。きれいを通り越してなんだか禍々しい、燃えるような赤色。

笠置山には6:00ちょっと前に到着。標高1,128mの独立峰である。登山道は一応あるにはあるが、山全体が単調な杉や檜の植林ばかりで、おせじにも登山が楽しい山とは言えないかな。そのためか登る人も少ないようだ。その上こんな朝早くに来る物好きは僕くらいだろうなあ。

今回の僕の目的は笠置山に点在する巨石群を訪ねることなので、車でぐるりと巡る事にした。低山なので、車だとあっという間に山頂まで行けてしまうのだ。山の中腹のあたりは苔むした巨石があちこちにあって、植林ではあってもどことなく非日常的な空気が漂っている。これが山頂まで行くと再び「人間の領域」という印象を受ける。まるでドーナツのような山だと感じた。山頂には笠置神社奥社があるが、ここも僕には神秘性は感じられず「からっぽ」に思えた。この山では中腹にいるほうが楽しい。
中腹にかすかに残る神秘性を感じながら、植林に変えられる前の古代の笠置山の姿を頭の中で想像していた。

笠置山のところどころに案内板が設置してある。案内板には特徴的な巨石の存在するおおまかな位置についても印が打たれている。しかし非常にアバウトな案内図なので、正確な位置はよくわからない。しかも、ある図には記されている巨石が、別の図には載っていなかったりする。中腹の車道をとりあえず一通り走ってみると、最初の「ピラミッド石」があった。

P9150045

P9150039

この石に名前がついているのかどうかは不明。この場所にはかつて「白雲寺」という寺があったらしい。今はその痕跡もほとんど残っていない。とりあえず「白雲寺跡ピラミッド石」とでも呼ぶことにする。このピラミッド石のあるところはけっこうな急斜面で、大きな岩がころがっていたり足場も悪く、登るのは少々危険そうだったため、望遠で撮影するだけに留めた。遠目ながら、人の手で三角形に加工されたように見える。

次は北西方向に向かった。事前に調べたところによると、ピラミッド型の石はこの白雲寺跡のものの他に、あと3つ存在するようだ。そしてこれら4つのピラミッド石とふもとの笠置神社、山頂を結ぶとすべて一直線状に並ぶという都市伝説のような情報もあった。今回はそれが事実かどうかを確かめるために、高精度のアウトドア用GPSでポイントを記録していった。

(2)へ続く。